混乱と怒りとアトピーと…

(この記事は2016-05-17作成分を編集したものです)
こんにちは。ビオダンサ・ファシリテーターのなおこです。

数日前にこの記事を読みました。
「ママ、僕はもう死にたい」5歳児がこうまで訴える難病「FSGS」の絶望的病状とは!?

FSGSではないですが、わたしはアトピっ子でした。

だから、死にたくなるほどの痒みというのを経験しています…。

5歳のモーガン君のつらさも
ご家族のつらさも
わたしのどこかが他人事でないような反応をしました。

今でも2日間続けて、カップ・ラーメンを食べたり
質の悪い甘いお菓子を食べたりすると
もぞっとします。

生後6か月から、アトピっ子だったのだけど、
大学2年生から急激に悪化した。

大学4年生では、一か月に10kgも一気に体重が落ちる程の更なる悪化。

そして、どこかで、
エネルギーが全てという考えがあったので

身体そのものを大事にすることを
おざなりにしていました。

いろんな療法を試したけど、
今日は、そこには触れない。

本が書けるくらいになっちゃうから(笑) ウソ

結局、
<身体も大事、心も、エネルギーも大事> にやっと気が付いて
食事に気を配ったり、身体を温めたりしましたけどね。
(結局ひとつなのだものね)

今日書こうと思うのは、身体と心の関係
あくまでも <自分の体験として> です。

アトピーの方が全員そう、だとは思ってない。
いろんな原因があると思う。

わたしの場合は
アトピーが悪化した時期は、そのまんま混乱の時期
に当てはまる。

何をしたらいいのかわからない
何に不満なのかわからない
無気力でもあり、閉塞感も感じている
そしてそんな状況と自分に怒りを感じている

だから大学4年生で、アトピー大爆発したのだと思う。

何をしたらいいのかわからない=何を仕事としたらいいのかわからない

妙に生真面目な性格もあり
とりあえず面接受けてみよっ とか 何かしてみよっ とかもできなかった。

八方ふさがり、暗黒の時代  とでも言いましょうか(笑)

でもさ、今にして思うと

その暗黒の時代にも、
ちゃんと屋根があり、食事があり、お布団があり
閉じこもる場所があった。

恵まれてたんだね。

痒みに悩まされずに眠ったり
肌を露出する服装ができるようになったり

そこまで回復するには
ながーい時間がかかりましたが、
いろいろ学びました。

明日は、アトピっ子としての私が
どのようにビオダンサと付き合っていったのか
話してみよっと。


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