騒音の底にある平和

(この記事は2016-06-16作成分を編集したものです)
こんにちは。ビオダンサ・ファシリテーターのなおこです。

ここ数日、いろいろ考えることが多かったのです。

そのほとんどは人間関係から生まれるもろもろ。

人はそれぞれ自分が主人公のドラマを生きているので
感じ方・考え方の角度が変わると
時として大きな衝突が生まれます。

相手によって刺激される自分のなかの何か。

それは、自分の行動のクセであったり
思い込みのクセであったり。
劣等感とか、コントロールが原因だったりするのかな。

そんなときは、
自分もドラマに無意識に飲み込まれちゃって
けっこう苦しい。
反応しちゃう。

逆に
わりと冷静に相手の演じている役を眺めていて
「そっか。 ま、いっか」 で
終わるときもある。

あぶりだされるときはしんどいけど
それによって、結果的に覚悟がうまれるから
ま、どちらにしても、良いことなのだけど。

いやー…。エネルギー使うなー。

などなど、歩いておりました。

そうして、ふとエスカレーターから見下ろすと
そこはカフェでした。

パラソルの下、人々が各々のテーブルで話している。

商談かもしれないし
仲の良い語り合いかもしれないし
別れ話かもしれないし
ひょっとしてケンカしているのかもしれないけど

声のさざ波は聞こえるけれど
その内容はここには聞こえてこない。

遠目からみるとすごく平和な光景でした。

その光景をみて
ふっと微笑む自分に気づき…

いやー。結局、わたし平和なんだわ。
と結論したのでありました。


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