理由なんてものはないのだ。「タダ」そうなのだ。

(この記事は2016-03-28作成分を編集したものです)
こんにちは。ビオダンサ・ファシリテーターのなおこです。

(おそらく)2週間ぶりの、<外出必要なし>の日です。
めずらしく目覚ましの前に目覚めたけど、
ベッドでだらだら過ごしました。(至福のとき…)

夢を見たのですよ。
昔の恋愛相手をぼかすか殴っておりました。 うぉぉぉ・・・・
理由は、私の友人と住むことになったから。

最初は、怒りの矛先は友人に向かい
彼女の「ぜんぜん時期は重なってないよ」という一言で
彼女への怒りは終結。

次なる矛先は彼へ。
「なんで私じゃなくて彼女なの?」
という感情のもとに
ぼかすか殴ってたようだ。

数週間前に
「○○(元カレ)さん、結婚するらしいよぉ」
と聞いたとき

わたしの心臓は一度ボッカンと大きく鼓動し、
その後
「へぇ、そうなんだねー」
って感じでした。

たぶん、その一度のボッカンが、
感じ切れてなかった
なぜ私じゃダメだったの? な思いの代弁だったのでありましょう。

その出来事はすっかり忘れていたのだが
今日の夢で思いだし、

目覚めて思ったのは、理由なんてないんだよ ってこと。

ただ、そうはならなかった ってこと。

わたしたちは
理由(といよりも理屈)を見つけると
安定して安心できるから、そうしたい。

でも、理由なんてないこともたくさんあるのだね。

ビオダンサのセッション中とセッション後は
感想を言い合ったりしないのも
そこらへんが理由なんだよね。
(ここではしっかり理由)

自分のなかにおこっていること・感じていること
それが不安定に居心地が悪いこともあるけれど

そうなんだねー と、受け入れて
必要があれば観察して
それと共に生きていく。

そんなかんじかなー。

BIODANZA(ビオダンサ) の7つのヒミツ
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